バンコクダークナイト

フィクション小説です。アフィリエイターとタイ・マフィアの戦いを描く。 ※リアルなタイを表現する上で、性的な内容も扱います。R18指定。

パヤシラ・ダークネス 第4話

女をホテルへ連れて帰った事を後悔しても仕方が無い。今は6000バーツを取り戻す手段だけを考えよう。

部屋の扉の前に立ち、彼女の退路を断ちつつ動きを注視した。彼女はなぜか部屋をキョロキョロと見回している。部屋の中で何かを探し回っているようだ。

そう言えばこの女、ディスコではカバンを持っていた。それが今は持っていない。ソンテウに乗る前、ディスコから出た時にはすでに持っていなかった。ディスコにあったテーブル下のカバン入れに置き忘れのかもしれない。おそらく携帯も持っていないだろう。彼女は自力で警察を呼ぶことが出来ない。

力ずくでお金を取り戻す事も出来るだろうが、騒がれると厄介だ。

セックスを強要する事は出来るかもしれないが、こんな状況では気分が乗らない。すっかり冷めてしまった。

気晴らしに殴りつけてやろうか?そんな事は出来るはずがない。彼女もそれを知ってて、比較的温厚な日本人をターゲットにしているのだろう。欧米人や中国人のチンピラだったら、すでに殴り飛ばしているはずだ。

興奮冷めやらぬ彼女をこれ以上刺激するのも良くない。ホテルの客やスタッフに通報される恐れがある。一旦落ち着かせて、何とかお金を奪い返す方法を考える事にする。

彼女は何かをずっと探している。普通であればディスコにカバンを忘れた事などすぐに気が付くはずだ。明らかに挙動がおかしい。ドラッグか何かをやっているのかもしれない。ただ、見た感じ彼女が現在ドラッグを所持しているとは思えない。

それでも、この日起こったことを正直に警察へ伝えるのが、リスクの回避のためにも良さそうだ。しばらくタイには滞在する予定だし、後々面倒になる可能性もある。

地元の警察を呼ばれる前に、英語でコミュニケーションが取れるツーリストポリスに相談しよう。ツーリストポリスは欧米人のボランティアもいる。ツーリストポリスに相談するにしても、タイ語の出来る通訳は用意した方が良いだろう。警察にそのまま引き継がれる事もあり、状況を正確に説明できなければ、やはり女に都合の良い事しか警察に伝わらない可能性もある。

パヤシラに住んでる日本人の知り合いがいるので、彼に連絡してみる事にする。名前はカズヤ。タイ人の母親を持つハーフで、日本語はもちろん、タイ語もネイティブ並に話すことが出来る。パヤシラにある現地の会社で働いているサラリーマンだ。

今の時間は平日の午前2時過ぎ。明らかに寝ている。だが、状況的に気を使ってはいられない。電話で連絡してみることにする。

「プルプル...プルプル...」

呼出音がなっている。一度通話を終了し、もう一度かけ直してみる。申し訳ないが、起きるまで電話させてもらう。

「プルプル...プルプル...」「プルプル...プ..はい?」

「もしもし、タイシだけど」

「知ってる。何だよ、こんな時間に」

「...少し厄介な事になった」

「知るかよ。今何時だと思ってんだよ」

電話で起こされ、少し怒っているようだ。

彼は2つ年下の27歳だが、タイという海外にいるからか、話す時はいつもタメ口である。彼とは日本からタイへ来る時に飛行機で隣の席になり、スワンナプーム国際空港からパヤシラまで費用を半分に抑えるため、タクシーをシェアして仲良くなった。

そこから今まで2年間付き合いが続いている。とはいっても、何度か食事をした程度でそこまで仲良いわけでもない。俺の仕事もサイトを作っていると伝えたら、ウェブデザイナーだと勘違いして、こちらもそれを否定していない。

借りも無いのに助けてくれと言われても、正直図々しく感じるだろう。自分でもそう思う。しかし、現状を考えればタイ語でスムーズなやり取りが出来る彼は間違いなくこちら側に必要である。

「カズヤに通訳をお願いしたいんだけどいいかな?もちろん、金は払うよ。」

少し間が出来る。この時点で頼みを聞く方向性で話を進めようとするはずだ。彼はタイ企業で働く現地採用の日本人。いくらタイ語、日本語が出来ても彼の話を聞く限り給料は高くて月6万バーツ、日本円で22万円程度だ。夜の街で散財し、常にお金に困った生活をしているだろう。

お金を出せば頼みを聞いてくれる。悪い意味でタイに呑まれれば、お金の優先順位は上がる。彼女から6000バーツが戻って来ようが、来まいが関係ない。最悪の場合彼女に渡した6000バーツが戻らず、カズヤへも金を渡す事になる。それでも、このまま金だけ盗られて帰すのだけは許せなかった。

「通訳?何かあったのか?」

「女に金を取られた。そいつがちょっと厄介なんだ」

「わかった。行くかどうかは金額にもよるが、どこへ行けばいい?」

電話で詳細を聞くよりも先に会った方が速いと判断したのだろう。彼はトラブルの仲介も仕事で扱っているのを聞いたことがあった。こうした経験からか、こちらに手間を取らせないよう配慮してくれたようだ。

「まずはツーリストポリスに相談したい」

ツーリストポリスが常駐している場所としてシラヤーストリートが思い浮かんだ。

「ツーリストポリスってシラヤーストリートにいるよな?」

「この時間ならまだいるな」

「そうしたら、シラヤーストリートのツーリストポリスと話すことにするわ。こっちはソンテウを捕まえて、10分もあれば着くと思う」

「シラヤーストリートだと、今から家を出て飛ばしても20分はかかるな」

「今日の通訳してくれれば、6000バーツ払うよ。通訳が不要かも知れんけど、先に行って待ってるわ」

「結果として、俺の通訳が不要だったとしても金は約束しろよ?」

「もちろんだ」

 「よっしゃ、シラヤーストリートに着いたら連絡するわ」

カズヤとの電話を切る。彼女はすっかり大人しくなり、ベッドに座りこんでいた。それでもお金の入っているポケットはしっかりとガードしている。力づくで取ることは出来るだろうが、無理やり取れば騒ぎ立てるだろう。

彼女の体を腰から持ち上げて、変に刺激を与えないように部屋の扉まで背中を押して促す。足取りはしっかりとしているが、来た時とは明らかに様子が違う。お金をガードし警戒しながらこちらを睨みつけてくる。ツーリストポリスという単語は聞き取れたかもしれないが、どこへ向かうかはわかっていないだろう。

エレベーターに乗り、1階のフロントの前を通ると、さっきの受付スタッフが不思議そうな顔でこちらを見ている。フロントから身を乗り出して、こちらの心配をしてくれているようだ。しかし、説明しても状況は変わらない。そのままホテルを出て、ソンテウをつかまえるためセカンドロードまで歩いて行く。

彼女の腕を掴んで引っ張り、ゆっくりと歩いて進む。時折独り言でタイ語を話すが何と言っているかはわからない。
片方の腕を掴んでいるが、彼女はもう片手でしっかりとお金をガードしている。ただ、次の瞬間彼女はポケットから手をだして、こちらの手の上に置いた。彼女の腕の上で、2つの手が重なっている。こちらに肩を寄せて、もたれかかって来る。その仕草は、ここに来て何か助けを求めているようにも感じられた。

彼女は肩の出たノースリーブのドレスを来ている。街灯の下に行くと明るく2人が照らされる。
表情を覗きこむと少し不安そうな顔をしていた。そして、無意識に肩へ目をやると、上腕、肩に近い部分に無数の小さい穴が空いてる事に気付く。

「注射器を刺した跡、アイス(覚せい剤)か...」

複雑な気持ちになった。彼女がお金を盗んだのも薬のせいかもしれない。このまま警察に突き出しても良いのか?セカンドロードまですぐそこのところで足を止める。ただ、今日会った女にそこまでの同情する必要なんて無いだろう。ましてや、金を取られた身である。取られた金を取り返す事の方が重要だ。変に同情しないよう自分に言い聞かせる。

セカンドロードに停車しているソンテウのところまで行き、シラヤーストリートまでチャーターをお願いする。交渉すればもっと安くても済んだだろうが、はじめから100バーツを提示する。運転手もすぐにOKサインを出した。

シラヤーストリートはセカンドロードよりも1本海側のビーチロードの先端に位置している。ビーチロードは海岸沿いの道路だ。セカンドロードから脇道に入り、ビーチロードへ向かって行く。ソンテウから顔を出し進行方向を見ると、海岸沿いのライトに照らされ海が見えて来た。

今回の滞在で初めて海を見た。もっと違う形でここからのスタートを始めたかったと後悔ばかりが浮かぶ。彼女を抱え、海を見ながらそんな事を考えていると、カズヤからメッセージが来ていた。

「(警察と話すならIDは持っておけよ)」

外国人が海外でIDの代わりに使うのはパスポートである。パスポートはホテルへ置いてきたが、タイ旅行中はもしものときのためにパスポートのコピーを財布へ入れている。恐らくこれで問題ないだろう。もし、パスポート原本が必要ならばホテルへ取りに行けば良い。

この時間帯なので、車も少ない。ビーチロードを順調に飛ばして、5分程度でシラヤーストリートの前に着いた。彼女は相変わらず口を閉ざしたまま静かだった。ソンテウから下車し、100バーツを支払って、シラヤーストリートへ入って行く。すぐに、ツーリストポリスも視界に入って来た。彼女を抱えながら近づいて行くと、彼らと目が合った。ファラン(欧米人)のツーリストポリス2人だ。覚せい剤の事は黙っていよう。金さえ戻ればそれでいい。

英語で話しかける。

「すいません」

「どうしたんだ?」

「彼女にお金を盗まれたんだ」

しばらく、ツーリストポリスはうつむいている彼女の顔を覗き込んだ。

「そこに座ってくれ」

ツーリストポリスの車の前に置いてある机と椅子。ここに腰を掛けて詳細を説明する。

「で、いくら盗られたんだ?」

「6000バーツだ」

ツーリストポリスは彼女にも英語で話しかけるが、反応はない。ただ、タイ語で話しかけた瞬間に堰を切ったように弁明をし始めたようだ。ツーリストポリスが困った顔をしながらこちらに話しかける。

「彼女は取っていないと言っている」

「嘘だ。彼女のポケットには間違いなく俺から盗み取ったお金6000バーツが入っている」

再びツーリストポリスが彼女に話しかける。

「彼女は否認している。このまま窃盗の被害を訴えるのであれば、タイ警察を呼ぶが、どうする?」

「もちろん、呼んでくれ」
もう1人のツーリストポリスに指示をを出して、無線で警察を呼んでいるようだ。やはり、地元警察とのやり取りも必要になった。

「すぐに警察が来る。しばらく待ってくれ」

「わかった」

彼女は相変わらず静かだが、表情がさっきよりも不機嫌になっている。ソンテウに乗る前に見せた不安そうな顔は何だったのか?ディスコで会った時とも違ければ、ホテルの部屋で見せた彼女とも違う。本来の彼女はどれなのか?

ディスコ・シアトルで初めて彼女を見た時は怒られて泣いていた。第三者から見れば、怒っている方が悪者に見えるが、彼女も怒られて当然の事をしたからではないのか?あの時ここまで考えが回らなかった自分が腹立たしかった。彼女にとって都合の良いように、全てポジティブな方向に考えてしまっていたのである。

なぜ、こうなってしまったのか理由を考えてみる。やはり、自分の経験不足が招いた結果だろう。トラブルを抱えている女には、そのリスクがあったのだ。

今後こういったトラブルに巻き込まれないようにするにはどうすれば良いか?やはり、先に金を払ったのが間違いだっただろう。あれこれ考えながら警察を待っていると、突然誰かに肩を叩かれた。

 

つづく・・・